予算や期間が限られているTVシリーズのアニメ作品では、モーション制作の効率化が不可欠です。今回ご紹介するTVアニメ『俺だけレベルアップな件』では、ソニーからリリースされているモバイルモーションキャプチャー「mocopi」を活用して、その課題に取り組んだとのことです。アニメ制作の現場でmocopiがどのように使用されたのか、関係者の方々に詳しくお話を伺いました。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 312(2024年8月号)からの転載となります。
自分でモーションキャプチャーするアニメーターの新しい選択肢
TVアニメ『俺だけレベルアップな件』各動画配信サービスにて配信中。第2期制作決定
原作:中重俊祐/シリーズ構成:木村 暢/キャラクターデザイン:須藤智子/音楽:澤野弘之/アニメーション制作:A-1 Pictures
TVアニメ「俺だけレベルアップな件」公式サイト
©Solo Leveling Animation Partners
大人気ウェブトゥーンを原作としたTVアニメ『俺だけレベルアップな件』は、異次元と現実世界を結ぶゲートが出現した現代を舞台に、ハンターと呼ばれる覚醒者たちがモンスターを倒していくアクションファンタジー作品です。制作は、多くの人気作品を手がけてきたA-1 Picturesが担当しています。
本作における新たな試みとして、小型で軽量なセンサーとスマートフォンの専用アプリだけで全身のモーションキャプチャーを実現する、モバイルモーションキャプチャー「mocopi」の採用が挙げられます。

右:CG監督・森岡俊宇氏(以上、A-1 Pictures)
アニメ制作において、CGアニメーションの付け方は大きく分けて、1.手付け、2.モーションデータを購入して調整する方法、3.モーションキャプチャー、の3種類があります。モーションキャプチャーはスタジオを借りる必要があり、制作コストがかかるうえに、CGディレクターの負担も大きくなります。
そのような中で、本作ではA-1 Picturesと同じソニーグループで開発されたmocopiを使用し、「アニメーター自らがモーションキャプチャーを行う」という第4の選択肢が生まれたということです。「mocopiは、思いついたときにすぐに使えるのが魅力です。それに、自分が欲しい演技をキャプチャーし、そのデータを見ながら若手に演技の方向性を指導する際にも活用できるのが良いですね」と、CG監督の森岡俊宇氏はそのメリットについて語っています。
プロのアクターに依頼するほどではない日常の芝居やモブキャラクターのアニメーションに適しており、今後は新たな選択肢のひとつとして業界に広がっていくのではないかとのことです。また、A-1 Picturesにおいては、アニメーションだけでなく、作画ガイドの制作に活用することも視野に入れているそうです。

- mocopiプロダクトマネージャー
南 翔太氏(ソニー)
CGプロデューサーの工藤菜央氏によれば、「新人がTポーズから手付けでアニメーションを作成すると、クオリティにばらつきが出てしまいますが、mocopiを使うことでスタートラインを平均化することができます」と、作業の効率化にも寄与。今後は群衆表現をはじめ、アニメ制作の様々なシーンでmocopiを積極的に活用していきたいと語ってくれました。
<1>モバイルモーションキャプチャー「mocopi」とは
アニメーターに1人1台、業界標準になるポテンシャル
mocopi開発の中心人物であるソニーのプロダクトマネージャー・南 翔太氏は、「mocopiは、どこでも簡単かつ本格的に自分の動きをデータ化できるモバイルモーションキャプチャーであり、モーションキャプチャーを民主化したいという思いで開発しました。スタジオは必要なく、会議室や自宅でも簡単にモーションを撮ることができます」と語っています。
全身タイツや特別な機材は必要なく、直径3.2cm、重さわずか8gの加速度センサーを頭、腰、両手首、両足首の6箇所にベルトで固定するだけで、スマートフォンを使ってモーションキャプチャーを行うことが可能です。バッテリーは1回の充電で10時間持続するため、撮影中にバッテリー切れを心配する必要もありません。まさに、モーションキャプチャーが誰にでもできる時代が到来したと言えるでしょう。
キャリブレーションに関しても、あらかじめスマホアプリ上で身長を入力しておき、センサーを装着・接続して、気をつけポーズから一歩前にでるだけというごくごく簡単なものです。これなら、キャプチャーのたびにキャリブレーションするのも苦になりません。実際にキャプチャーしているところを見ると、ラグもなくリアルタイムにスマホの中でキャラクターが動いているのが確認できました。
腕には手首しかセンサーがありませんが、ソニー独自の優れたアルゴリズムで腕全体の動きを予測してキャプチャーします。また、センサーを上半身に集めた上半身集中モードや、逆に下半身重視の下半身優先モードなどの機能もリリースしています。
もともとはVTuberの配信やVRでの利用をメインのユースケースに想定していたmocopiですが、リアルタイムではないアニメ制作にも応用できるのではないかとA-1 Picturesが試用段階から参加し、今回実際のアニメ制作で使ってみることになりました。
現在出力できるデータ形式はBVHですが、アニメ制作で使いやすいように、業界で広く使われているFBXでのエクスポートに対応する予定(※2024年9月末対応済)のほか、リアルタイムでDCCツールにデータを渡すための各ソフト用プラグインなどが開発したり、アニメ制作の現場でも使いやすいように改善されており、今後もアニメ向けにブラッシュアップを重ねていきます。
A-1 Picturesでは、将来的にはアニメーターが机の上に置いている手鏡のように、1人1台持つ必需品になるポテンシャルがあると考えているそうです。今後ますます期待が高まるデバイスです。
センサーの仕様
▲mocopiのセンサー部
頭・腰・両手首・両足首の6個で1セット。使用時の注意点として、センサーを起動およびペアリングする際は、ケースに入れ、机の上に置くなどセンサーが動かない状態で行う必要がある。
▲ケース兼用充電器
試作段階ではセンサーごとに充電ケーブルを挿す仕様だったが、使いづらいというフィードバックがあり、ケースに格納してケーブル1本で充電できるようになりました。


アプリとトラッキングモード
スマホアプリの画面
キャプチャーするとリアルタイムでキャラが動き、確認できます。
下半身優先モード
両手首のセンサーを太ももに装着して、下半身を正確にキャプチャーするモードです。
アニメ制作では、歩くシーンの足元などに使えます。
上半身優先モード
同様に上半身集中モードでは、足首のセンサーを二の腕に付けてキャプチャーします 。
PC用のアプリケーション
PC版がリリースされたことにより、対応するスマホも増えました。今後はPC環境だからこそ実現できる様々な拡張機能がアップデートされる予定です 。
各種DCCツールとの連携
mocopiで収録されたモーションデータをDCCツールにリアルタイムで流し込むための、開発キットも公開されています。これまでUnity、Unreal Engine、MotionBuilder向けのプラグインが公開されてきたほか、2024年6月にはMaya向けのプラグインもリリースされ、より多くのユーザーが利用できるようになりました 。(※2025年4月 Blender向けプラグインリリース済)
<2>アニメ制作における「mocopi」の活用
特別なカスタマイズが必要ないアニメ制作に馴染むワークフロー
mocopiによるモーションキャプチャーは、11話と12話に登場するモンスター「ナイト」のアニメーションで使われています。ナイトが大量に出てくる群衆シーンはキャラをひとつひとつ手付けしていると膨大な手間がかかってしまいますが、手軽なmocopiを使うことで効率化できたということです。
実際にmocopiを導入した当初はなかなか上手くいかない部分もあったようですが、使っているうちにノウハウが貯まっていったそうです。重要なのはキャリブレーションで、長時間続けてキャプチャーしていると少しずつずれてしまうため、こまめにキャリブレーションをし直すのがコツです。特に動きが激しい演技をした後はキャリブレーションが必須となりますが、mocopiなら極めて簡単にキャリブレーションできます。
さらに、使用中に手首のセンサーのボタンを押すことでのキャリブレーションも可能になり、スマホを手に取ることなく、こまめにキャリブレーションをしやすくなりました。
mocopiのキャプチャー方式は光学式ではなく慣性式のため、動きのスピードがゆっくりすぎたり速すぎたりするのは苦手で、ちょうどいいスピードを見つけるまで時間がかかったということです。また、アニメ特有のタメツメ的な演技はキャプチャー時には入れずに、なるべくフラットなスピードでキャプチャーして、後で調整した方が最終的なクオリティを上げやすいとのコメントもありました。
メリットとしては、気楽に撮れるのでキャプチャーを何度もくり返すのが苦にならないこと、広い場所で走ってキャプチャーすることもでき、服装も普段着でかまわないことが挙げられました。むしろ気楽に使えすぎてテイクが増えすぎてしまい、データを管理するのが大変なくらいだったそうです。
アップデートによってmocopi側からファイル名を変更できるようになったことで、OKテイクがわかりやすくなりました。また、mocopiからエクスポートされたモーションデータをMotionBuilderで扱うにあたっても、CGソフト側で特別なカスタマイズが必要なく、手間もかかりません。スタジオでキャプチャーするとデータが届くまで1週間ほどかかることもありますが、mocopiは撮ったらすぐに使えます。この点でも非常に便利なツールだと言えるでしょう。
A-1 Picturesでは、今後キャプチャーしたモーションをライブラリ化したり、自転車などの特殊な状況をキャプチャーしてみたりと、よりいっそう活用の幅を広げていくということです。これからアニメ制作のワークフローの中でmocopiがどのように活用されていくのか、期待が高まります。
mocopiによるモーション制作フロー





MotionBuilder側で新たにカスタマイズが必要ということもなく、既存のワークフローに取り込みやすい仕様です。

リターゲティング設定画面


3DによるキャラクターとBGアセット
mocopiが活用された11話と12話のキャラクターとBG。キャラクターのモデルとリグは、通常のアニメーションのセットアップと変わりません。3DCGで作成されたボス部屋についても同様です。mocopiを活用する場合は、特別なカスタムが必要ありません。
▲ナイトAのリグ
▲ナイトBのリグ
▲ナイトCのリグ
▲魔術士のリグ

実際のカット制作
ナイト登場のカット。めり込みなどはありますが修正は容易だったそうです。自然な動きをTポーズから付けるのは新人にとって難易度が高い作業ですが、キャプチャーをすればゼロベースでつくらないですみます。また、CG監督が自ら演技してキャプチャーしているため思い通りのアニメーションが付けられ、作業者への指示もデータで渡せることから理解度が高くなるそうです。
屋外での収録画面。走って剣を振るカットは、収録にスペースが必要なことから社外でキャプチャーされています。
作画との絡みがあるカットの収録。キャプチャーした後に、作画するためのCGを入れたレイアウトが渡されています。動きのあるレイアウトは作画とのやり取りで有効だそうです。
群衆カット。群衆で必要な多種多様なアニメーションのパターンもmocopiだと楽に量産できます。
ソニーの公式Youtubeアカウントでは、本記事のインタビュー動画を公開中。A-1 PicturesのCGディレクター森岡 俊宇氏、CGプロデューサー工藤 菜央氏、mocopiプロダクトマネージャー南 翔太氏が制作の舞台裏をお見せします。 そのユニークな制作過程や秘話を公開します。こちらも合わせてお見逃しなく!